映画『イット・フォローズ(It Follows)』は、2014年に公開されたアメリカのホラー作品です。一見するとよくある“呪いの映画”のようですが、その中身は非常に独特で、「性行為によって呪いが感染する」という斬新な設定が話題となりました。
しかし同時に、「家族で観ると気まずい」「性的な描写がある」といった声も多く、SNSでも賛否が分かれる作品です。

本記事では、そんな『イット・フォローズ』の“気まずいシーン”を中心に、作品のテーマや心理的恐怖、そしてネタバレを含むあらすじを徹底解説します。
「怖いけど観てみたい」「どんな場面が問題?」と気になっている方は、ぜひ最後までご覧ください。
イットフォローズの気まずいシーン徹底解説
『イットフォローズ』の「気まずい」と言われる理由は、単なる性的描写の多さだけではありません。この作品が恐怖と共に放つ“人間の親密さへの不安”や“倫理観への問い”が、視聴者の心をザワつかせるのです。ここでは、具体的にどのようなシーンが「気まずい」と感じられるのかを、順を追って解説します。
イットフォローズに気まずいシーンはある?内容と理由
結論から言うと、『イットフォローズ』には性的な描写を中心に、家族や恋人と観ると気まずくなる場面が複数存在します。
物語の核が“性行為によって呪いをうつす”という設定であるため、物語全体を通して「性=恐怖の起点」として描かれています。
主人公ジェイは、恋人と思っていた男性と一夜を共にした直後に麻酔をかがされ、目覚めると車椅子に拘束されています。男は「お前に“それ”をうつした」と言い残し、彼女の前に“裸の女”がゆっくりと歩いてくるのです。このシーンは直接的な性的表現こそ控えめですが、“性行為の直後に恐怖が始まる”という流れが非常に生々しく、観る人によっては心理的な抵抗を感じる部分でもあります。
また、物語中盤には「呪いを他人にうつすための行為」として、複数の人物が性行為を試みる場面が出てきます。これはホラーとしての緊迫感よりも、“行為そのものの倫理”を問うような構成になっており、観客の間に「これはホラーなの?」「気まずい…」という戸惑いを生むのです。
つまり“気まずさ”の本質は、肉体的な描写ではなく、行為の意味に込められた道徳的な圧力にあります。
ベッドシーンはどこ?性がテーマの気まずさを解説
『イットフォローズ』で最も話題となったのは、物語冒頭と中盤に登場するベッドシーンです。この作品では、性が単なる愛情表現ではなく、「呪いのバトンを渡す手段」として描かれています。
特に冒頭のジェイとヒューの関係は印象的です。二人は車の中で親密な時間を過ごしますが、行為の後にジェイが薬で眠らされ、次に目覚めたときには廃墟で縛りつけられている――。彼女が見せられたのは、裸の人間の姿をした“それ”がこちらへ歩いてくる恐怖。その直後、ヒューは「これで君も呪われた」と言い残して去っていきます。
この流れが、観客に強い違和感を与えます。性行為の瞬間は描かれませんが、「性的な接触=死に繋がる呪い」という構図が非常に不穏なのです。また、中盤ではジェイが別の男性・グレッグと関係を持ち、“それ”をうつそうとします。しかしこのシーンも決してロマンチックではなく、「生き延びるための行為」として描かれており、愛情ではなく恐怖と罪悪感が入り混じる異様な空気を放ちます。
このように『イットフォローズ』の性描写は“煽情的”ではなく“象徴的”。監督デヴィッド・ロバート・ミッチェルは「性行為を人間の業のメタファー」として描いており、だからこそ“気まずい”と感じるのです。
真っ裸で迫る“それ”の演出が怖すぎて気まずい
『イットフォローズ』の恐怖を象徴するのが、“それ(It)”の存在です。
“それ”はゆっくりと歩いてくるだけの存在ですが、時折“全裸”で登場します。たとえば、主人公ジェイが大学のキャンパスで講義を受けていると、遠くの廊下から裸の老婆が一直線に彼女の方へ歩いてくる――という場面があります。
この“裸の異形”の演出が、観客にとって非常に気まずく、そして不気味です。なぜなら、この「裸」という状態が“無防備”“原始的”“羞恥”という感情を同時に喚起するからです。恐怖映画の多くは“血や悲鳴”で怖がらせますが、『イットフォローズ』では“裸でゆっくり近づく”という静かな演出で、観る者の内側に不快感を生じさせます。
特に、屋根の上に全裸で立つ男性や、廊下を歩く裸の女性のシーンは、「露骨なエロス」ではなく「命の脅威としての肉体」を象徴しています。
そのため、“それ”の姿を見るたびに観客は性的な羞恥と死の恐怖を同時に感じ取るのです。この独特の「静かに迫る気まずさ」こそ、『イットフォローズ』最大の特徴と言えるでしょう。
ホラーなのに青春映画?心理的な気まずさの正体
『イットフォローズ』は単なるホラー映画ではなく、青春の不安と成長を描いた寓話でもあります。登場人物たちは皆10代後半から20歳前後の若者。性的な行為や恋愛を通して大人になろうとするその姿には、誰もが感じる“通過儀礼の痛み”が描かれています。
つまりこの映画の「気まずさ」は、単なる性的なものではなく、“成長に伴う自己嫌悪や孤独の気まずさ”なのです。主人公ジェイは、自分が呪いを背負ってから「友人たちとの関係」「異性への信頼」「自分の身体」に強い違和感を抱きます。それはまさに、思春期特有の“自分の身体と心が追いつかない感覚”。
この構造がホラーと結びつくことで、観客はジェイの恐怖に共感すると同時に、どこか懐かしいような切なさを感じます。「恐怖と性的目覚め」「死と恋愛」「孤独と絆」という相反する感情が同居しているため、観る人の心を静かにえぐるのです。監督はこの“心理的気まずさ”を通して、「大人になるとは、恐怖と向き合うこと」と語っているかのようです。
グロ描写や年齢制限は?家族で観ると注意すべき点
『イットフォローズ』は日本ではR15+指定となっています。これは、性的描写・一部の暴力表現・不気味な裸体演出などが含まれるためです。
ただし、“グロテスク”なシーンはほとんどありません。血の描写は一部あるものの、ホラー映画によくあるスプラッター要素は控えめです。
そのため、「怖すぎる映画」ではなく「精神的に不安を与える映画」と考えた方が正確です。
問題は、性にまつわるテーマや演出が家族と観ると微妙に“気まずい”こと。特に、ベッドシーンや“それ”の裸の登場シーンでは、会話が止まりがちな空気になります。とはいえ、それらは下品な描写ではなく、むしろ哲学的なテーマの一部。
映画を選ぶ際は、「大人同士で観る」「思春期の子どもとは避ける」など、視聴環境を工夫するのがおすすめです。本作はホラーの皮を被った“人生の寓話”とも言えるため、理解して観ると深く味わえる一作です。
イットフォローズ気まずいの後に:あらすじと登場人物ネタバレ
『イットフォローズ』は、ホラーでありながら哲学的・寓話的な構成を持つ作品です。物語は非常にシンプルに見えますが、背後に潜む「性」「死」「罪」「孤独」といったテーマが観る者に深い余韻を残します。ここからは、物語のあらすじをネタバレを交えて詳しく振り返りながら、主要キャラクターたちの心情や象徴的な意味を解説していきます。
冒頭の死と呪いの始まり―“それ”のルールとは?
映画は夜の住宅街で、一人の少女が家から飛び出してくるシーンから始まります。何かに怯えたように走る彼女は、家族にも説明せずに車で逃げ出し、夜の海辺にたどり着きます。そして両親に「愛してる」と電話をした直後、翌朝には無惨な姿で遺体となって発見されるのです。
この衝撃的なオープニングが、“それ(It)”の恐怖の始まりを告げます。この“それ”は、性行為によって感染する呪いであり、感染した者の前に「人間の姿をした存在」が現れ、歩いて追いかけてくるというルールがあります。“それ”はゆっくりと歩くため、逃げようと思えば逃げられるのですが、どこまでもどこまでもついてくる。逃げ切るには他の人と性交し、呪いを“うつす”しかない。しかしその相手が死んでしまえば、呪いは再び自分に戻ってくる——。
このルールの残酷さが、本作の全ての緊張感を生み出しています。“それ”は誰にでも姿を変え、時に友人、時に家族、時に見知らぬ裸の人物として現れます。視覚的には地味ですが、「いつ現れるかわからない」「逃げても逃げても追ってくる」この設定が、じわじわと心理を蝕む恐怖となるのです。
ジェイが呪われる!性行為で感染する恐怖の仕組み
主人公のジェイ(マイカ・モンロー)は、恋人のヒュー(ジェイク・ウィアリー)とデートを重ねる普通の19歳の女子大生です。ある晩、二人は車で郊外へ出かけ、親密な時間を過ごします。しかしその直後、ヒューはジェイに薬を嗅がせて気絶させ、彼女を廃屋の中で目覚めさせます。
目を覚ましたジェイは、車椅子に縛り付けられた状態。ヒューは「ごめん。君に“それ”をうつした」と冷静に告げます。彼が指差す先には、ゆっくりと歩いてくる裸の女性の姿——。ヒューは「それは君にしか見えない」「誰かと寝てうつさないと、君が死ぬ」と説明します。
この瞬間、ジェイの平凡な日常は崩れ去ります。“それ”は絶え間なく追い続ける存在であり、どんな距離を取っても必ずやって来る。しかも姿を変えるため、常に誰が“それ”なのか分からない。その“ルール”のシンプルさと理不尽さが、観る者に圧倒的な緊張感を与えます。
ジェイはやがて警察に通報しますが、誰も信じてくれません。“それ”は彼女にしか見えないのです。この孤立感こそが、物語を一層不安にさせる要因となっています。
仲間たちの協力と逃亡劇―友情と愛の狭間で揺れる
ジェイの異変を心配した妹のケリーと幼なじみのポール、そして友人のヤラが、彼女の味方になります。この3人はホラー映画の中では珍しいほど“健全で優しい”キャラクターたち。彼らはジェイの話を信じ、共に逃げ、共に戦うことを決意します。
逃亡の中でジェイは、“それ”が次々に違う姿で現れるのを目撃します。老女、裸の男、知人の姿…。その都度彼女は逃げ続け、周囲の人々は見えない敵に翻弄されます。
途中でジェイは、隣人の青年グレッグと関係を持ち、“それ”を彼にうつします。グレッグは最初は半信半疑でしたが、やがて“それ”に襲われ、死亡。この出来事により、ジェイは“それ”が再び自分へ戻ってきたことを悟ります。
そんな彼女を支えたのが、幼なじみのポール。ずっとジェイを想い続けてきたポールは、「自分にうつしてもいい」と申し出ます。この場面には、“愛と自己犠牲の境界”という深いテーマが潜んでいます。ジェイにとってポールは救いでもあり、同時に呪いの連鎖の相手でもある。愛情と恐怖が交錯する中で、彼女はわずかな希望を信じて行動を起こすのです。
ラストの意味を考察―“それ”は本当に終わったのか
物語のクライマックスは、ジェイとポールが“それ”を倒すために立てた作戦です。彼らは廃れた屋内プールに“それ”を誘い込み、電化製品を水に投げ入れて感電させる計画を立てます。しかし“それ”はプールには入らず、逆に家電をジェイに向けて投げつけてくる。見えない敵との緊迫した攻防の末、ポールが銃で撃ち、“それ”を撃退します。
プールの水面には血が浮かび上がり、“それ”が死んだようにも見えます。しかし本当に終わったのかどうか、明確な答えはありません。ラストシーンでは、ジェイとポールが手を繋いで住宅街を歩く後ろに、ゆっくりと人影がついてくる姿が映ります。
このエンディングは観客の解釈に委ねられています。「呪いは続いている」「愛によって受け入れた」など、さまざまな解釈が可能です。監督デヴィッド・ロバート・ミッチェルは、この曖昧さを意図的に残しており、「恐怖は終わらない。生きるとはそれを抱えて歩くことだ」というメッセージを込めたとも言われています。
ジェイ・ポール・グレッグの関係性が象徴するテーマ
『イットフォローズ』が他のホラーと一線を画すのは、“登場人物たちの人間関係”が極めてリアルな点です。ジェイは、恋人のヒューによって呪いを背負い、グレッグに一度は救いを求め、最終的にポールに心を寄せます。この3人の関係は、単なる三角関係ではなく、「愛」「恐怖」「責任」の連鎖を象徴しています。
ヒューは恐怖から逃げるために他人に呪いを押し付け、グレッグはそれを軽視して死に、ポールは愛ゆえに呪いを受け入れる。それぞれの行動が、性と死の関係を異なる形で示しています。そしてジェイは最終的に、「逃げることではなく、向き合うこと」を選びます。
この選択が、作品の最も重要なテーマでもある「成長と受容」。呪い=性的行為、そして“それ”=死や不安の象徴として描かれる中で、彼女は初めて“自分の中の恐怖”と共存し始めるのです。ラストの歩くシーンは、「恐怖と共に生きる覚悟」を象徴しており、ホラーでありながらどこか希望を感じさせるラストとなっています。
総括:イットフォローズの気まずいシーンまとめ
最後に、本記事のまとめを残しておきます。
- 『イット・フォローズ』は「性行為で呪いが感染する」という設定のホラー映画で、性と死を結びつけた独特の世界観が特徴。
- 呪いの正体である“それ”は、感染者にしか見えず、人間の姿(しかも時に全裸)でゆっくり歩いて近づいてくる存在。捕まると確実に死ぬ。
- 気まずいと言われる理由は
- 性行為で呪いを「うつす」
- ベッドシーン(直接的ではないが流れが生々しい)
- 裸の“それ”が静かに迫ってくる演出
など、性と恐怖が結びついているから。
- ベッドシーンは
- 序盤:ジェイとヒューが車で関係を持った後、ジェイが拘束され“それ”の存在を知らされる
- 中盤:ジェイがグレッグと関係を持ち、呪いをうつそうとする
といった場面で描かれ、ロマンチックではなく「生き延びるための行為」として描かれる。
- “それ”の全裸での登場(裸の老婆、屋根の上の全裸男など)は、エロさではなく「命の脅威としての肉体」を象徴しており、羞恥+恐怖で強い気まずさを生む。
- 作品はホラーであると同時に青春映画でもあり、「性への目覚め」「大人になる不安」「自分の身体への違和感」など、成長に伴う心理的な気まずさ・孤独も描いている。
- 暴力やグロは控えめで、R15+指定の理由は主に性テーマと裸体表現。血のシーンはあるがスプラッターではなく、精神的な不安・不気味さが中心。家族・特に子どもと観ると気まずい可能性大。
- あらすじの流れ:
- 冒頭、謎の存在“それ”から逃げた少女が翌朝無残な遺体で発見される
- ジェイがヒューと関係を持ち、呪いをうつされる
- “それ”に追われる中、妹ケリー・友人ヤラ・幼なじみのポールが協力して逃亡
- ジェイはグレッグに呪いをうつすが、グレッグは“それ”に殺され、呪いは戻る
- 屋内プールで“それ”を感電させる作戦を決行し、撃退に成功したかに見える
- ラストでは、ジェイとポールが手を繋いで歩く後ろに人影がついてきており、「呪いは終わっていない」「恐怖と共に生きるしかない」という解釈ができる曖昧な結末になっている。
- ヒュー=恐怖から逃げて他人に押し付ける人間、グレッグ=呪いを軽視して死ぬ人間、ポール=愛ゆえに呪いを引き受ける人間として対比され、性・愛・死・責任というテーマが立体的に描かれている。
