2000年代の音楽ゲームブームの中で、ひときわ異彩を放つ存在となった曲――それが「Daisuke(ダイスケ)」です。
一見ただのユーロビート調の楽曲に見えますが、終盤で突如響く「ダイスケ〜♪」という日本語の一言、そしてサングラス姿でパラパラを踊る男性の映像が、ネット上で大きな話題を呼びました。

「なぜこの曲が今でも語り継がれているのか?」
「なぜ20年近く経っても人気が衰えないのか?」
この記事では、「Daisuke」が流行した理由や元ネタ、踊っている人の正体、そして再ブームの背景までを、音楽ゲームファンとネット文化の両面から徹底的に解説します。
Daisukeはなぜ流行った?人気の理由と元ネタを解説
「Daisuke」は、コナミの音楽ゲーム『beatmania IIDX 10th style』(2004年稼働)に収録された楽曲です。しかし、ただの“音ゲー曲”にとどまらず、今なおニコニコ動画やYouTubeでネタとして語られ続けています。その人気の裏には、「真面目なのに笑える」というギャップと、音楽ゲーム文化がネットに融合した“ミーム化”の力がありました。
ここからは、誕生から現在までの流行の経緯を順に紐解いていきましょう。
Daisukeが流行った理由は?誕生からブームまで
「Daisuke」は2004年に登場した『beatmania IIDX 10th style』に収録された、DJユニット・Y&Co.によるユーロビート曲です。
当時の音ゲー界隈では、ハードテクノやトランス系が主流の中、この曲の“明るくノリのいいユーロビート”は非常に目立つ存在でした。さらに話題を集めたのが、ゲーム内で流れるミュージックビデオ(BGA)。サングラスをかけた男性が、真剣な表情でパラパラを踊り続ける映像が収録されており、そのシュールさが強烈なインパクトを与えたのです。
やがてプレイヤーたちの間では、「いじってみな。穴のフィーリング。」というBGA中のテロップや「♪ダイスケ〜」というフレーズがネタとして引用されるようになります。これがニコニコ動画などの初期インターネット文化と見事に結びつき、音MAD(動画編集パロディ)やMMD動画の題材として使われることで、再び脚光を浴びました。
つまり「Daisuke」が流行ったのは、真剣に作られたものが“意図せぬ笑い”を生んだ結果、ネット文化の象徴となったからです。時代を超えても語られる理由は、このギャップの面白さにあるのです。
元ネタはbeatmania IIDXのユーロビート曲
「Daisuke」の元ネタは、KONAMIの人気アーケード音楽ゲーム『beatmania IIDX 10th style』です。
このシリーズは、DJプレイを模した7つのボタンとターンテーブルを使い、楽曲に合わせて譜面を叩く“音ゲーの金字塔”ともいえる作品群。
中でも「Daisuke」は、テンポ157BPMのユーロビート調で、軽快なリズムとシンセメロディが特徴です。
作曲を担当したのは、Y&Co.(横田商会)のDJ REMO-CON氏とTMR氏。彼らは当時、クラブミュージックとゲームサウンドを融合させた独自のユーロスタイルを築いており、その完成形のひとつがこの曲でした。
また、ボーカルを務めたのはKAHORI from 1 LOVE。英語詞の中に唐突に挿入される「Daisuke〜♪」の一言が、楽曲全体のムードを一変させ、聴く人の記憶に強烈に残りました。当時のプレイヤーは「なんで最後にダイスケって言うんだ!?」と戸惑いつつも、その独特の世界観に惹かれていったのです。
つまり、この曲は音ゲー文化とユーロビート文化の融合から生まれた“異端の名曲”。そして、その“異端性”こそが、後のネットミーム化を生み出す最大の要因となったのです。
踊っている「Dai.」さんとは?正体と経歴
MVで印象的に踊るサングラスの男性――彼の名は「Dai.(だい)」さん。この“踊ってる人”こそ、Daisukeブームを支えた立役者のひとりです。

Dai.さんは、当時コナミの映像チーム(VJ GYO氏ら)に依頼され、BGAの撮影に参加。彼自身も「Daisuke」と同じ名前(本名:大輔)であったことから、この奇妙な一致が話題を呼びました。ダンスは主にパラパラとジャズダンスをベースにしており、軽妙なステップとキレのあるターンが印象的。だが同時に、「会議室のような背景」「真顔で踊る姿」などが、視聴者に“真面目なのに笑える”という強烈な印象を与えました。
彼はその後も音楽ゲームのBGA出演や振付を担当し、のちに作詞・プロデュースなども手がけています。特に2017年に開催された音楽イベント「EDP×beatnation summit 2017」では、ステージ上に本人がサプライズ登場し、観客の前でDaisukeのダンスを再現。
その瞬間、会場は大歓声に包まれ、「伝説の再来」としてSNSでもトレンド入りしました。
ネットでは長年「踊ってる人誰!?」と話題になってきましたが、実は本物のプロダンサーであり、音ゲー文化を象徴する存在なのです。
なぜ英語詞に突然「ダイスケ」が入ったのか
「Daisuke」を語る上で欠かせないのが、英語詞の中に突如登場する“Daisuke”という謎のワード。一体なぜ、恋愛をテーマにした英語のユーロビートに、いきなり日本人の名前が登場するのでしょうか?
その答えは、作曲者DJ REMO-CON氏のTwitterで明かされています。彼は2016年11月、「もともとは“大好き”という歌詞の予定だったが、レコーディング中に“Daisukeにしよう”と思いついた」と投稿。理由は「普通の曲にしたくなかったから」だそうです。
つまり、“ダイスケ”という言葉には特別な意味はなく、あえて奇抜さを狙った結果の産物なのです。しかしこの一言が、楽曲を唯一無二の存在へと押し上げました。
海外ファンからは「なぜ日本語?」「Daisukeって誰!?」とネタにされ、結果としてこの“違和感”がSNSや動画サイトで拡散される要因となりました。こうして「意味不明なのに癖になる」という特性が、Daisukeのミーム化を後押ししたのです。
ニコニコ動画・YouTubeで再ブームとなった経緯
初出から10年以上が経った2010年代、Daisukeは再び注目を集めました。そのきっかけは、ニコニコ動画やYouTubeに投稿された「全く気付かないうちにDaisukeシリーズ」と呼ばれるMAD動画。これは、他の映像やアニメに“DaisukeのBGA”を無理やり混ぜ込む編集ネタで、視聴者が「気付かないうちにDaisuke化」するというユーモラスな手法でした。
2010年のMMD杯では、初音ミクがDaisukeの振り付けを踊る動画が投稿され、特別賞を受賞。その後も「踊ってみた」「歌ってみた」など派生動画が次々に登場し、若年層にも再認知されていきます。
2020年代には日清食品のCMでもオマージュとして登場し、再び話題を呼びました。
このように、Daisukeは“ネタとして笑われる曲”から“愛されるネット文化の象徴”へと進化したのです。その流行は偶然ではなく、時代ごとに新しい文脈で再発見されているからこそ、今もなお支持され続けているのです。
Daisukeなぜ流行った?の後に:踊ってる人
Daisukeという楽曲がここまで長く愛されてきたのは、単に“ネタとして面白い”からではありません。その背景には、制作陣の確かな音楽性と、関わった人々の個性、そしてファンによる文化の継承がありました。ここからは、「踊っている人」や制作者の素顔に迫りながら、Daisukeという現象の根底にある魅力を掘り下げていきます。
作曲者DJ REMO-CON(Y&Co.)のプロフィール
「Daisuke」を手掛けたのは、DJユニット・Y&Co.(横田商会)のメンバーであるDJ REMO-CON氏。本名は田村哲也さんで、日本のクラブミュージック界でも著名な存在です。彼はトランス、ユーロビート、ハードダンスといったジャンルを得意とし、クラブイベントやBEMANIシリーズを中心に活躍してきました。

REMO-CON氏は、「普通の曲にはしたくなかった」という発想から、“大好き”を“Daisuke”に変えるという異端の発想を生みました。
この一言が、彼の音楽スタイルを象徴しています。彼にとって音楽とは、単に聴かせるものではなく、“引っかかり”を生むアート。その感性が、20年後の今も語り継がれる“奇跡の違和感”を生み出したのです。
さらに彼は、Y&Co.として『smooooch・∀・』や『Badboy flygirl』などの人気楽曲も制作。Daisukeのように遊び心と高い完成度を両立させる作風は、音ゲー文化全体に影響を与えました。つまり、DJ REMO-CONは“真面目にふざける音楽職人”であり、その姿勢がDaisukeの魅力を支えているのです。
Dai.(ダンサー)の素顔とその後の活動
「Daisukeの踊ってる人」として有名なDai.(ダイ)さんは、プロのダンサー・パフォーマーです。本名も「大輔」であり、まさに偶然が重なった人物。コナミの映像クリエイターVJ GYO氏からの依頼を受けてBGA(ムービー)に出演しました。
撮影当時は会議室のような小さなスペースで、照明や装飾も最小限。にもかかわらず、彼は完璧に振付をこなし、全力で“本気のパラパラ”を踊り切りました。その姿勢が視聴者の心をつかみ、「真剣に踊っているのが面白い」という逆説的な魅力を生み出したのです。
Dai.さんはその後もコナミ作品で振付や演出を担当し、Auridy(Ryu☆とのユニット)として音楽プロデュースも行っています。2017年には「EDP×beatnation summit 2017」に出演し、伝説のダンスをステージで再現。SNSでは「本人が帰ってきた!」と大反響を呼び、若い世代にも再び注目されました。
つまり彼は、“ネタの人”ではなく、音楽とダンスの両面でDaisukeを象徴するプロフェッショナルなのです。
ボーカルKAHORIとY&Co.の関係性
Daisukeの歌声を担当したのは、KAHORI from 1 LOVEという女性ボーカリスト。彼女の透明感ある声が、ユーロビートの疾走感と絶妙にマッチしています。歌詞は全編英語で、恋する女性の気持ちをまっすぐに歌い上げていますが、その中で突然挿入される「Daisuke〜♪」の一言が、楽曲全体を唯一無二の存在へと変えました。
Y&Co.とKAHORIのコラボは他のBEMANI作品でも見られ、彼らの信頼関係の深さが感じられます。ユーロビートの本場・イタリアの作品にも引けを取らない完成度を誇りながら、どこか日本的な“遊び心”を忘れないのが彼らの特徴です。
また、サントラ収録版「Daisuke feat. KAHORI from 1 LOVE」では、間奏が長くなり、よりクラブ仕様のロングバージョンに。このロング版がのちに『jubeat』や『BeatStream』などへ移植され、再評価されるきっかけとなりました。
KAHORIの歌声は今も「音ゲーの象徴」として語られ、Daisukeの“クールで笑える”雰囲気を支える重要な要素です。
日清CMやMMDなど現代への影響
2024年10月、Daisukeは再び話題の中心に返り咲きました。きっかけは、日清食品の「濃厚ミルクシーフー道ヌードル」CM。この広告映像で、突如として「Daisuke」のBGAが差し込まれ、“水素の音”で知られる俳優・鳥羽美音子らが登場。SNSでは「まさかのDaisuke復活!」「ミームの融合がすごい」と大きな反響を呼びました。
さらに、MMD(MikuMikuDance)界隈でも「Daisuke」は伝説的な存在です。2010年のMMD杯で初音ミクが踊るトレース動画が投稿され、“一点突破賞”を受賞。この動画をきっかけに、無数の派生モーションが作られ、アニメキャラやVtuberが「Daisukeポーズ」を再現する現象が続いています。
こうした動きは、“ネタが文化になる”日本のネットカルチャーの典型例です。広告やファンアート、VTuber文化にまで影響を与えるDaisukeは、単なる音ゲー曲を超えた“現代の象徴”になったといえるでしょう。
Daisukeがネット文化に残した意味と評価
「Daisuke」は、音楽そのものだけでなく、“インターネット文化の象徴”として語り継がれています。2004年のリリース以降、時代ごとに異なる形でブームが再燃し、世代を超えて愛され続けています。
この現象が示すのは、“真剣さが笑いになる”という日本独特の美学です。本人たちは決してふざけていない。むしろ本気で格好よく作ったからこそ、観る者にユーモアとして受け止められる――。そこに“ネットミーム”の原点があるのです。
さらに、Daisukeは「音ゲー文化を一般層へ広げた作品」としても評価されています。プレイヤーだけでなく、SNSユーザーやクリエイターにも影響を与え、「文化としての音楽ゲーム」を象徴する存在となりました。
その結果、「Daisuke」は今もTwitter(X)やTikTokでネタ的に引用され、若い世代の間でも“知ってると通”なコンテンツとして生き続けています。20年を経てもなお衰えない人気――それは偶然ではなく、音楽×映像×ネットの奇跡的な融合が生んだ必然の結果なのです。
総括:Daisukeはなぜ流行った?まとめ
最後に、本記事のまとめを残しておきます。
- 「Daisuke」は2004年に『beatmania IIDX 10th style』で登場したユーロビート楽曲。
- 作曲はDJ REMO-CON(Y&Co.)。ボーカルはKAHORI from 1 LOVE。
- MVではサングラスの男性「Dai.」が真顔でパラパラを踊る姿が印象的。
- 曲名「Daisuke」は本来「大好き」だったが、レコーディング中に変更された。
- 英語詞の中に突然「ダイスケ」と入る違和感が“クセになる”と話題に。
- BGAの真剣すぎるダンス映像が“意図せぬ笑い”を生み、ネットで拡散。
- ニコニコ動画やYouTubeでMAD動画・MMD作品が多数制作され再ブームに。
- 「全く気付かないうちにDaisukeシリーズ」などミーム化が進行。
- 2017年にはDai.本人がライブイベントで再登場し、伝説的存在に。
- 2024年には日清食品CMにも採用され、再び話題を集めた。
- 「真面目なのに笑える」というギャップが人気の本質。
- Daisukeは“音ゲー曲”を超えて、ネット文化・ミームの象徴となった。
- 世代を超えてネタ化・再発見され、今もSNSやTikTokで語り継がれている。
- 20年経っても愛される理由は、音楽・映像・文化が融合した“奇跡の一曲”であるため。
