福岡ソフトバンクホークスの監督として知られる小久保裕紀(こくぼひろのり)さん。
現役時代からリーダーシップに優れた選手として高く評価されてきましたが、彼の名前を検索するといまだに「脱税」「不祥事」といった言葉が並びます。「過去に何があったの?」「本当に脱税したの?」と気になる方も多いのではないでしょうか。

この記事では、小久保裕紀監督の“脱税事件”の全貌をわかりやすく解説します。事件の内容、刑罰の詳細、そして現在の評価や家族との関係までを総まとめ。小久保監督がどのようにして信頼を取り戻したのか、その再起の物語を丁寧に追っていきます。
小久保裕紀の脱税事件の真相と不祥事の全貌
かつて球界を揺るがせた「小久保裕紀脱税事件」。1990年代末から2000年代初頭にかけて、プロ野球選手たちが税理士を通じて不正な還付を受けていた一連の「プロ野球脱税事件」に小久保氏も関与していたとされます。
当時、球界を代表するスター選手だっただけに、社会的な衝撃は大きく、引退をも左右しかねない大スキャンダルとなりました。ここでは、事件の真相を順にひも解いていきます。
小久保裕紀は本当に脱税していた?事件の概要を解説
小久保裕紀さんは、1998年から1999年にかけて、知人の税理士を通じて不正な所得控除を受け、結果として約2,800万円の所得を申告しなかったとして脱税の罪に問われました。この件は「プロ野球脱税事件」として世間を騒がせ、多くのプロ野球関係者が摘発されています。
一部のファンの間では「記入ミス」や「天然ミス」などと誤解されることもありますが、実際には、他の選手にその“脱税税理士”を紹介し、紹介料を受け取っていたことも判明しており、確信犯的な行為だったと報じられました。
このため、「悪質な脱税」として厳しい処分が科される結果に。プロ野球界の中でも特に重い処分を受けた選手の一人として記録されています。
脱税の金額と刑罰内容は?懲役・罰金・執行猶予まとめ
小久保裕紀さんの脱税額は約2,833万円。これは当時摘発された選手の中でも高額でした。
裁判の結果、懲役1年・執行猶予2年・罰金700万円という判決が下されます。さらに、日本野球機構(NPB)からは出場停止8週間と制裁金400万円という追加の処分も科されました。
この処分は、同事件で摘発された中でも最も重い部類に入ります。
たとえば、宮本慎也氏(当時ヤクルトスワローズ)は懲役10ヶ月執行猶予3年・罰金350万円だったのに対し、小久保氏はより厳しい内容となっていました。
それほどまでに「模範的選手」と見られていた彼の脱税は、球界全体に大きな衝撃を与えたのです。事件後、小久保氏は一度ユニフォームを脱ぎ、長い自粛期間に入ることになります。
なぜ脱税が発覚した?税理士との関係と経緯
脱税発覚のきっかけは、税務調査における税理士の摘発でした。小久保氏を含む複数のプロ野球選手に対して、同じ税理士が「節税スキーム」と称して不正な申告を行っていたことが判明します。
実はこの税理士は、小久保氏の恩師を通じて紹介された人物で、当初は信頼できる存在だと考えられていたようです。
しかし、小久保氏自身も球団が用意する正規の税理士を使わず、この“脱税税理士”に依頼していたことから、結果的に違法性を認識していたと見なされました。
「天然の記入漏れ」といった説もありましたが、紹介料を受け取っていた点からも、本人が仕組みを理解していた可能性は高いといわれています。つまり、善意のミスではなく「確信犯的な脱税」として扱われたわけです。
当時の世間や球界の反応は?復帰までの道のり
事件発覚後、世間や球界の反応は非常に厳しいものでした。
「球界の顔」とも呼ばれた小久保氏が有罪判決を受けたことで、球界のイメージ低下を懸念する声が相次ぎ、スポンサーの契約解除やメディア出演の取り消しも発生しました。
球団としても処分は避けられず、ソフトバンク(当時ダイエー)は「一定期間の出場停止」を決定。小久保氏は謝罪会見を開き、深く頭を下げました。
しかしその後、真摯な反省と地道な努力が評価され、2002年には復帰を果たします。復帰戦ではファンから大きな拍手が起こり、涙ぐむ姿が印象的でした。このエピソードは「罪を認め、努力で信頼を取り戻した選手」として語り継がれています。
現在も影響している?監督としての評価と再起の背景
脱税事件から20年以上が経過した現在でも、「過去の不祥事」として語られることがあります。一方で、小久保裕紀さんはその後、選手・コーチ・監督として確かな実績を残しています。
2023年に福岡ソフトバンクホークスの一軍監督に就任した際も、一部では「前科者を監督に?」という批判がありました。しかし、球団フロントは「すでに償いを終え、誠実に野球に向き合ってきた人物」として信頼を寄せたのです。
現在、小久保監督は若手育成にも力を入れ、「人間力を重視する指導者」として高く評価されています。過去の過ちを真摯に受け止め、再び野球界の最前線に立つ姿は、多くのファンに“再生の象徴”として映っています。
小久保裕紀脱税後の現在と家族!再婚相手は誰?
脱税事件を経て社会的信用を失った小久保裕紀監督ですが、その後の人生はまさに「再起と努力の物語」です。
家族との関係を修復し、監督として球界に復帰した彼の姿には、数々のドラマがありました。ここでは、彼の人物像をより深く理解するために、プロフィールから家族構成、そしてプライベートな一面までを詳しく紹介します。
小久保裕紀のプロフィールと経歴【出身・年齢・成績】
小久保裕紀さんは、1971年10月8日生まれの和歌山県和歌山市出身。学生時代から野球界では突出した才能を発揮し、大学野球日本一にも輝いた実績を持ちます。青山学院大学卒業後は社会人野球を経ずにプロ入りし、以降は日本を代表するスラッガーとして名を馳せました。

【基本プロフィール】
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 小久保 裕紀(こくぼ ひろのり) |
| 生年月日 | 1971年10月8日 |
| 出身地 | 和歌山県和歌山市 |
| 身長・体重 | 182cm・85kg(現役当時) |
| 学歴 | 青山学院大学 経営学部卒業 |
| 所属球団(現役時代) | ダイエー(現ソフトバンク)→巨人→ソフトバンク |
| 現在の肩書 | 福岡ソフトバンクホークス 一軍監督 |
| 家族構成 | 息子1人・娘1人(いずれも成人) |
【プロ野球経歴の概要】
| 年 | 所属球団 | 主な出来事 |
|---|---|---|
| 1993年 | ダイエー(現ソフトバンク) | ドラフト2位で入団。新人王候補として注目を集める |
| 1995年 | 同上 | チームの4番打者に定着。勝負強さが話題に |
| 2001年 | 読売ジャイアンツへ移籍 | チームを日本一へ導く。優勝に大きく貢献 |
| 2004年 | ソフトバンクへ復帰 | チームの精神的支柱としてリーダーシップを発揮 |
| 2012年 | 現役引退 | 通算成績:2041安打・413本塁打・1304打点 |
| 2013年 | 野球日本代表監督(WBC) | 若手指導に尽力。采配には賛否両論あり |
| 2023年 | ソフトバンク一軍監督に就任 | チーム再建の指揮を取る |
【通算成績(NPB)】
| 指標 | 記録 |
|---|---|
| 試合数 | 1824試合 |
| 通算安打数 | 2041本 |
| 本塁打数 | 413本 |
| 打点 | 1304点 |
| 打率 | .273 |
| 出塁率 | .338 |
| OPS | .857 |
小久保裕紀さんは「技術よりも精神でチームをまとめるタイプ」といわれ、現役時代から“ミスター・ホークス”の異名を持ちました。引退後も野球解説者として活動し、2013年には日本代表(侍ジャパン)監督に就任。責任感と統率力が高く評価され、現在では福岡ソフトバンクホークスの一軍監督として再び球界の中心に立っています。
リーダーシップと復活力を兼ね備えた指導者として、多くのファンや後輩選手からも尊敬を集める存在です。
元妻との離婚理由と不倫報道の真相
小久保裕紀監督は1995年、4歳年上の一般女性と結婚しました。結婚生活は約13年続きましたが、2008年に離婚を発表しています。
離婚当時、一部の週刊誌では「地方局女子アナとの不倫疑惑」が報じられましたが、本人はこれを否定しています。
確かに2000年代初頭、小久保氏は球界のスターであり、女性関係の噂も絶えませんでした。しかし、実際の離婚理由は“価値観の違い”によるものとされています。
また、現役引退の際にも家族がセレモニーに姿を見せなかったことから、離婚は円満ではなかったとみられています。元妻は舞踊関係の仕事をしていたといわれており、子どもたちの芸術的な感性にもその影響が表れているようです。
再婚相手は土屋太鳳似の美女?事実婚の可能性も
小久保裕紀監督は、離婚後に「土屋太鳳似の30代美女」との交際が報じられています。2017年、週刊ポストセブンが「新しい奥さん」として紹介された女性との同棲報道を掲載。
記事によると、小久保監督は福岡市内の自宅でこの女性と同居しており、近隣住民からも“奥さん”と認識されていたとのことです。

ただし、正式な再婚届けの提出は確認されていません。
このため、現在も“事実婚状態”である可能性が高いとされています。
この女性の職業など詳細は明かされていませんが、小久保監督を公私ともに支える存在であることは確か。監督就任後の多忙な生活を支えるパートナーとして、彼の安定した精神状態に大きく貢献していると見られています。
息子・小久保直紀の職業は歌手兼起業家
小久保裕紀監督には息子・小久保直紀(なおき)さんがいます。1997年2月4日生まれの現在28歳です。母親の影響で幼少期から日本舞踊を学び、9歳の頃には国立劇場の舞台に立った経験もある才能豊かな人物です。

高校卒業後はカナダの「フルフォードアカデミー」に留学。音楽の道に進み、シンガーソングライターとして活動を始めました。
代表曲には「Spark」や「Jamboree」などがあり、洗練されたサウンドと優しい歌声が特徴です。
現在は音楽活動だけでなく、起業家としてコールセンター事業を展開する会社「Likrecte(リレクト)」の代表取締役を務めています。
その活動内容からも、父譲りの行動力とリーダーシップを感じさせますね。
SNSでは父親とのツーショットも投稿されており、家族関係は良好のようです。脱税という過去を持つ父を恥じることなく、むしろ“再起の姿”を誇りに思っている節が見られます。
娘・春菜はミス・アース準グランプリ!華麗なる家族構成
娘の小久保春菜さんは、1999年3月29日生まれ。2023年に行われた「ミス・アース・ジャパン」で見事準グランプリに輝いた才色兼備の女性です。170cmの長身でスタイル抜群、大学卒業後は会社員として働きながら、ナレーターや司会業など幅広く活動しています。

Instagramでは落ち着いた知的な雰囲気が印象的で、フォロワーからも「お父さんに似て芯が強い」との声が寄せられています。春菜さんが公の場で父について語ることは少ないものの、家族間の絆は深いようです。
小久保裕紀監督の家族は、息子がアーティスト兼経営者、娘がモデル兼タレントという異色の構成。脱税という過去を乗り越え、それぞれが自分の道を歩んでいる姿は、まさに“再生と成長の象徴”といえるでしょう。
総括:小久保裕紀監督は過去に脱税してる?まとめ
最後に、本記事のまとめを残しておきます。
🧾 記事要約
- 小久保裕紀監督(福岡ソフトバンクホークス)は、1998〜1999年に約2,800万円の脱税を行い有罪判決を受けた。
- 当時の脱税は「プロ野球脱税事件」として大きな社会問題になり、他の選手よりも重い処分を受けた。
- 判決内容は「懲役1年・執行猶予2年・罰金700万円」+NPBの「出場停止8週間・制裁金400万円」。
- 税理士による不正申告が発覚のきっかけで、小久保氏も不正を認識していたとされる。
- 世間・球界の反応は厳しく、スポンサー契約解除などの影響もあったが、2002年に復帰。
- 現在は監督として「誠実で人間味ある指導者」と高く評価されている。
👨💼 人物・家族情報
- プロフィール:
1971年10月8日生まれ、和歌山県出身。通算2041安打・413本塁打・1304打点。
現ソフトバンク一軍監督。元日本代表(WBC)監督。 - 元妻との関係:
1995年に一般女性と結婚、2008年に離婚。理由は価値観の違い。不倫報道は否定。 - 再婚の噂:
2017年に「土屋太鳳似の美女」との同棲報道あり。正式な再婚ではなく“事実婚状態”と見られる。 - 息子・小久保直紀:
1997年生まれ。元シンガーソングライターで現在は会社「Likrecte」代表の起業家。 - 娘・春菜:
1999年生まれ。「ミス・アース・ジャパン」準グランプリ受賞。司会・ナレーターとして活動中。
